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北京のクリエイティブ産業

http://jp.youth.cn 2014-02-08 10:45:00

  3000年の歴史を持ち、かつての6王朝の都であり、1千万以上の人口を擁する巨大都市北京は、工業からサービス業を主とする経済モデルに転換したのち、次にはいかなる新しい経済の発展方向を選択するのか?

  北京は文化クリエイティブ産業の道を選んだ。

  ここ数年来、北京の文化クリエイティブ産業は盛んに発展しつつあり、北京の経済成長の新しい注目点、社会発展の新しいエンジンとなり、都市の新たなシンボルとなっている。

  概念とそれが生み出す富

  文化クリエイティブ産業とはいったい何だろう?

  ラフ統計によると、現在北京では文化クリエイティブ産業の従事者は約90万人いるという。新興産業として、「文化クリエイティブ産業」が中国で流行語になったのはここ数年のことだが、世界的に見ると、もう十年以上の歴史を持っている。

  最初に「文化クリエイティブ産業」のコンセプトを提出したのは、イギリスだった。早くも1990年代、イギリスは「クリエイティブ」を文化政策書類に取り入れ、1998年に発表された『イギリスのクリエイティブ産業への道に関する書類』には、明確に「クリエイティブ産業」の概念が打ち出されている。「クリエイティブ産業」とは、個人の創造力?才能から発展の原動力を得る企業、および知的所有権の開発によって富や就職チャンスをつくり、社会生活環境の向上を促進する活動を指す。一般的には、広告、建築芸術、芸術品と骨董品市場、ファッション、デザイン、映画と映像、インタラクティブ?ソフトウェア、音楽、演劇、出版業、ソフトウェアおよびコンピュータサービス、テレビ?放送などを指す。更に、観光、博物館と美術館、文化遺産、スポーツなども含む。

  イギリスは最初に「クリエイティブ産業」を打ち出し、優遇政策によりクリエイティブ産業の発展を推し進めた国家である。1997年、ブレア首相が当選して最初にやったことは、「クリエイティブ産業グループ」の設立で、しかも自らグループの責任者となった。ブレア首相は、製造大国の地位を失ったイギリス経済の支柱を、製造業に代えてクリエイティブ産業にしようとしたのだ。

  十数年の発展を経て、クリエイティブ産業はイギリスで金融サービス業に次ぐ第二の産業となった。イギリス文化?メディア?スポーツ省の推算によると、クリエイティブ産業の付加価値は8%となり、1997年以来、イギリス経済成長の倍以上の速度で発展しているという。2年後には、クリエイティブ産業は金融サービス業を超えてイギリス第一の産業となるだろうと、専門家は予測している。文化クリエイティブ産業の発展は、イギリスを世界の製造工場から「世界のクリエイティブセンター」に転換させ、イギリスの競争力を全面的に向上させた。

  中国国内を見ると、香港?台湾と上海は、早くからクリエイティブ産業に注目していた地区である。北京が文化クリエイティブ産業を発展させる方針を確立したのは、2005年の12月であった。

  2005年12月に開かれた共産党北京市委員会第9期第11回会議で、首都経済の発展趨勢と任務を深く分析した上で、文化クリエイティブ産業を大いに発展させるという決定が下された。それから2年がたち、政府の優遇政策に支えられて、北京市の文化クリエイティブ産業は盛んに発展している。

  2007年、北京市文化クリエイティブ産業の資産総額は、前年同期比17.9%増の7260億元、収入は前年同期比27.3%増の4601.6億元に達し、全市GNPに占めるシェアは10.6%に上がり、前年同期比50.7%増の216.2億元の利潤を生み出して、納税額は前年同期比28.3%増の216.7億元に達した。

  国際的水準を参照すると、一つの産業の増加値がGDPに占めるシェアが6%を超えれば、支柱産業と言える。現在、文化クリエイティブ産業は文句なしに北京市の支柱産業の一つに数えられている。

编辑:amy 来源: 中国画報

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